スポンサーサイト

0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    • 2011.08.19 Friday
    • -
    • -
    • -
    • -
    • -
    • by スポンサードリンク

    ビジョンを持つことの効用

    0
       

      先を見定めることで、病を越えていく




      ◆良いビジョンをもつこと



      人間は、思い込みが大事な部分があります。


      すでに良くなっている状態での自分像を明確にすること。


      例えば、その時は自分は何をしているのか。

      さらに言うと、何をするためにその時自分は存在しているのか。


      を、考えます。





      ◆もつべきビジョンの内容とは



      しかし、そこでの自分は何をしているのかの「内容」が大事になります。



      単に「今の状況を改善したい、逃れたい」「楽になりたい」「“症状”が良くなりたい」


      というものではなく、



      もっと建設的で、長い目で自分を冷静に見つめ、

      自分がやるべきこと、やりたいこと、

      具体的な仕事や、生活スタイル、



      すなわち、自分が良くなったとき

      「何を信条として使命として、具体的に何をしているか」



      明確にビジョンを持つことが大事だと思います。





      ◆こころの中はすでに将来のビジョンをもつ



      今現在の、身体の状態や症状は辛くても、


      こころの中は、妄想でも、仮想でもいい、


      立派なコンセプトや信条を身につけている状態、


      そのこころの状態に持っていくことが大事になってくると思います。





      ◆わたしの経験



      私は、重度のアトピーで、白内障が重症化し、一切視力が出ず、入院していました。


      しかし、その時担当した看護師さんに、自分の将来の夢ややりたい信条を

      熱く語っていたようです。



      その後、その看護師さんに「あの頃は、あのようなことをよく語っていましたよ」

      と指摘されたことがあります。



      その時語っていた内容が現在の私の仕事内容そのものとして現実化し、


      その時は「僕は将来、医療施設でケースワーカーになるんです」と語っていたようです。





      ◆しっかり将来を見据えて


      たとえ、実現しなくても


      自分にとって信条の持てる、誇れる、将来の明確なビジョンを持つこと、




      その時点で自分の症状は改善しているレベルに入るのではないでしょうか






      悪化か良化か

      0
         
        ◆いまをどのように捉えているか



        「いま自分の症状は悪化している。」

        そう感じている方は、多いと思います。




        身体的な皮膚の状態に加え、


        様々な生活上の支障や、心理的、社会的ストレスによって


        自分の状況に対する捉え方も変わるでしょう。





        ◆「良化」の意味



        しかし、自分の身体を、もっと長い、大きな視点で見ると

        良化している」と捉えられないでしょうか。




        症状には波があって、一旦は治まったり、


        またひどくなったり、季節や環境などにも


        左右されたり、いろいろな要素もあるでしょうが、





        人間の「病気」というものは、


        大きな視点で見ると、人間を更に健康にさせたり、


        強くさせたり学ばせたり変わらせたり


        いろいろな意味ある「良化」を導く機会を与えていると思います。





        ◆身体に感じる感覚と「良化」




        皮膚から出てくる滲出液をじっと見つめていると、


        身体の中からの叫びとして、「出したい」という


        感触を感じます。





        なにか自分の悪いもの(物質でも、精神的なこだわりでも)を


        皮膚からかゆみを媒体として、押し出している






        ◆身体は必ず良くしてくれる




        長い時間がかかるかもしれないが、


        「きっと健康になって、身体もこころもきれいにしたい」


        そう身体の意思が働いている





        一度そのように、気持ちを切り替えてはどうだろうか。










        こだわりや執着がもたらすもの

        0
           

          「最近、こころの問題について書いてないですね…」


          と、ご指摘をいただきましたので、少し書いてみたいと思います。





          ◆アトピーとこころの葛藤




          この病気になると、様々なこころの葛藤や


          もどかしさ、苦しみや苦労などを体験することとなります。




          その中で、とても大事でもあり、むずかしいこころの状態に


          こだわってしまう、ある種の状態に執着してしまう


          というこころの状態があると思います。





          具体的に言うと、


          「なんで、こんな状態が続くのだろう…」

          「いつまで続くのだろう…」

          「こんな顔じゃとても嫌」

          「どうしてだろう…」

          「なんで私だけなんだろう」

          というような、考えや思いが必要以上に繰り返される状態





          本人にしてみれば、無理もありません。


          「一日も早く良くなりたい。普通になりたい。もどりたい。」


          という強い思いが根底に常にあるかもしれません。







          ◆大学時代の友人について



          私の大学時代の友人にアトピーの女の子がいました。


          同じ年齢なので、お互いに「がんばろうね、辛いよね」


          と声を掛け合っていました。





          しかし、その友人は、いとも簡単に改善に向かっていき、


          卒業後には、多少の痕は残るものの、普通の美しい状態で


          OL生活をエンジョイするまでになりました。




          帰国子女であった彼女は、性格は明るく、気さくで、

          何よりもこだわりがなくあっけらかんとしている性格

          傍から感じることができました。



          何事も前向きで、チャレンジ精神のある彼女の性格に


          とてもうらやましく感じていました。







          ◆「こだわらない」を天性とする強み




          いま、思いますと、あのような彼女の性格


          改善に大きく強みになったのだなと思います。




          彼女は、アトピーの状態や状況は私と同じでも、


          アトピーの辛さよりも、友人と楽しんだり


          興味のあることに没頭したり、自分の夢を追って取り組むことに


          精一杯向かっていました。





          アトピーに対しては、予想以上にさらりとした感想や思いが


          返ってきたことを思い出します。






          一方で、いつも自分の症状にこだわったり、考えこんだり、


          そのことばっかり考えていた自分を思い返すと、


          彼女との違いがハッキリします。







          ◆ある程度のこだわりや執着も必要




          しかし、「まったく自分の状態や、状況に対しては無関心」


          という性格は少し問題があります。



          やはり、どこか自分に対して、関心があり、ある程度のこだわりがある、


          という性格にして初めて、他者に対するこだわりや興味、優しさが生まれます。






          ◆こだわりを超えて、その先に勝ち取れるもの




          やはり、この病気を経験することで体験する


          ある種のこだわり執着心と、ある程度の必要な心労



          必要な経験であると思います。





          この苦労や経験を通して得ること、そしてその先にある


          「これでも大丈夫じゃないか」

          「そんなこだわらなくてもいい」

          「なんとかなる」

          「気にしない」


          というような、執着やこだわりを開放したこころの成長が達成できたとき、


          この病を経験することで勝ち取ることの出来る



          重要な経験となり、




          そこに向かうこころの成長が、本当の意味でこの病を克服することであり、



          自他共に納得の出来る、自己成長を可能とすることではないでしょうか
















          見られる辛さを考える

          0

             ◆人から見られる「辛さ」


            成人性アトピーはその特徴として

            顔面部の発疹がよく見られますが、

            これが本人ゆえ体験するこころの辛い部分でもあります。



            この「人から見られている」という心情は

            成人の人ならだれでも感じるところだと思います。




            ◆こころの認知


            「人に見られる、見られている」

            認知してしまう(思ってしまう)


            更にその内容は、

            はずかしい、変に興味で見られている、

            不快がられている、嫌がられる

            更には、

            これは自分の本来ではない、もっと自分は正常なんだ… など



            根底の思いはひとそれぞれにあるのだと思います。



            私も、相当いろいろ思い悩みました。思春期でしたから…




            ◆認知を和らげる


            そのストレスを和らげる手段の一つに、

            この自分の「認知」を変える、外すということがあります。



            具体的な一つに、周囲の人間(第三者)が

            そんなに誰も見てないよ。なんとも思ってないよ、ぜんぜん気にならない

            などと表示し、

            再評価の支援をしてあげることも一つです。



            ささやかですが、認知の再構築を第三者が支援することは大事かもしれません。





            ◆さらに支援を求めている人



            中には、そのような再評価の支援を表明しても、


            「そんなことを言われても、私はひどい顔してる」とか、

            「皆やっぱり私を変に見てるのよ」


            と、さらに第三者に対して、評価の支援や援助を求めるような状況であれば

            やはり継続して、信頼関係を作り上げなければなりません。




            継続して交流するなかで、

            「この人は、私の皮膚のことを変に思っていない…」と、

            交流体験のなかで、本人の安心体験を経験する支援をしなければなりません。



            さらには、「私の辛さを分かってほしい」という心情を受容し

            第三者が近づかなければなりません。




            この交流体験の対象者を増やす経験をすること、


            これが、社会化が絡むこころの問題を抱えている

            アトピー症状の方へのアプローチの一つであると感じています。





            ◆認知が変わる、改善へのエポック



            こんな顔でもいい(ひどくても)」と、

            認知が変容する時期は、

            ある程度のこころの改善が進み、


            皮膚の状態に与えるストレスも体質改善に向かうエポックとなると思います。





            ◆こころの成長と安定



            私もまだまだひどいときに、妻に出会いましたが、


            この信頼体験というか、相手に評価され、

            自己に対する「こんな顔でもいいんだ

            という「こころの成長と安定は」



            「見られる辛さ」からくる、こころの負担を和らげ、

            症状の緩和には必要な要素の一つかもしれません。






            友人がいるか、いないか

            0
               
              いま、友人はいらっしゃいますか?


              青年層でアトピーに悩んでいる方の話を聴く機会に
              よく伺う質問です。



              ◆体験からくる実感


              私の20代に続いた重度アトピーの日々は、
              一方で、友人の存在に本当に助けられました。

              そのような体験からくる実感も含まれているのでしょう。



              ◆必要な友人とは


              友人といってもさまざまな関係があると思います。
              表面上のお付き合いから、かけがえのない関係としての友人まで。


              ここでいう必要な友人とは、
              自分の心や悩み、心情を素直に話せる対象と考えます。


              さらに言うと「自分がこれだけ辛いのよ…」と
              素直に吐き出せて、それをある程度受け止めて、聞いてくれる存在です。


              この「自分がつらいの…」と正直に甘えて、吐き出せる対象、
              それはとても貴重で、重要だと実感しています。



              ◆甘える勇気


              見方によれば、単なる甘え、自分に対しても甘くなる、とか
              相手に甘えてばかりで、自分が変われない、など

              自分の心情や言葉を発する以前から、躊躇する方も
              おられます。何か、それが怖くて…。


              こんなこと話しても、なんて思われるだろう
              厳しく対応されるのでは…、 いろいろ思いがよぎることもあります。

              しかし、やはりどこかで「自分がかわいい」「傷つきたくない
              という弱さや自己愛がどこかにあるかもしれません。




              ◆今思うと「恥ずかしい」


              私は、いろいろな仲間に、いろいろ甘えました。
              今思うと、ほんと恥ずかしい。
              自分のあのころは甘えたで、子供だったなと、改めて思います。

              しかし、友人もよく相手をしてくれました。
              受け止めてくれました。(どう思っていたか、想像につきますが…)




              ◆甘えの経験の尊さ


              しかし、一旦受け入れてもらう体験を通じて、
              段々と自分を客観視できるようになりました。

              そこで、はじめて「自分は甘い」と本質から気付き始めます。

              そのために「甘えさせてもらう」体験を経過することは、
              ある程度必要かもしれません。


              しかし、これが、甘える対象がいなかったり、それ以前に自分で拒否
              していたり、ずーっと甘え体質が継続したり、となると、ちょっと
              難しくなります。




              ◆すこしづつ強くなればいい


              やはり、病気の本人は辛い。その世界を分かって欲しいし、
              受け止めて欲しい。


              でも、そこから、友人という安定した環境や関係の経験を持つことが
              その自分を客観視し、「まだ甘いな」と気付き、少しづつ成長させてくれます。

              そこで、少しづつ自分を分かって
              少しづつ強くなって行けばいいと思います。




              ◆友人への感謝


              この貴重な「友人」を持ちえた境遇の方は、
              ひとの優しさを学ぶことができ、

              さらには、
              ひとの気持ちがわかる自分へと成長させてくれる。



              あの15年前に甘えた友人たちも、今では東京と大阪の関係で
              今でも、年にいちにど再開し、酒を交わします。


              いまはお互いに尊敬しあう大人として、対等な関係で。












              ポタジエ

              「病の向こうに行く」ということ

              0
                 
                「病の向こうに行く」

                アトピー性皮膚炎を乗り越えて…


                ◆研修会にて

                私は、至らないながらにも産業カウンセラーとしての資格をいただき、
                少なからずも日々の業務に活かせるよう精進しています。

                そんな私が、やはりレベルアップとスキルアップを目指して
                定期的に研修会に参加する機会があります。

                先般も、臨床心理の一線で活躍されている、ある先生の講義を学ぶ機会に
                恵まれました。とても示唆に富む内容で、ずっと聞き込んでしまいました。

                長年の臨床体験から築き上げられたと思われる、愛情人間性率直な態度
                そこから語られる内容は、一種の自分にとってのセラピーだった感覚でした。

                先生は、ご自身の「原体験」を一つ一つ語られることで、自らのパーソナリティーを
                築き上げた背景を丁寧に述べられていました。



                ◆こころに残るセンテンス

                その話の中でもひとつこころに残るセンテンスがありました。
                「病の向こうにいく」ということ。

                20代で重度のネフローゼになり、長期入院と厳しい治療を乗り越えられた
                ご自身の体験から発せられる言葉の内容は以下のものでした。

                先生は、徳永進の著書「病室から」を取り上げ、「治ること」の定義について
                言及されていました。

                「治る」ということは、病気になる前(状態)に戻ることではない
                医学的にもすべてもとの状態に戻ることは不可能である、ということでした。


                更には、「もとに戻ったらもったいない」
                「病の向こうにいく」ことが重要であると述べられていました。



                ◆「向こうにいく」意味

                この言葉に込められた意味について、多くは語られませんでした。
                「受け止めは皆に任せるよ、自分で熟慮せよ」とも思える語りかけでした。

                この「病の向こうにいく」ことの重要性は、様々に受け止められます。

                病を体験する経験。それは多大なる苦労と悩みの経験をします。
                アトピーについても特有の苦労の経験をします。

                この「経験」とその積み重ねがもたらす、また作り上げられる人格や、
                こころや魂の強さ、人の優しさ、人への優しさ、物事に対する自信や確信、
                掴んだ確信、など、… 

                特に健全な人格形成をもたらす、人との出会いや、アドバイス、その影響と交流
                つまり、自分のパーソナリティーを形成する「原体験」としての経験は尊い体験
                となります。


                今、思い起こすと、そういえばあのときに、あの人と出会っていた、
                あの人からこれを教わった、自分の気付きがあった、あれをもらった…

                今だから気付ける、人との「原体験」

                この辛い経験や苦労とともに経過し、経験する、不思議な仕組まれたような体験は、
                だいぶ経ってからその意味が分かることが多い。


                「病の向こうにいく」

                その先で気付く、またはその先で分かる人生の不思議さとその仕組み



                そのために、苦しいけれど人間は病の向こうに行かなければならない。と思っています。










                ひきこもりと自立

                0
                   
                  大人だからむずかしい…

                  成人性アトピーの難しさは、「大人だから」の要素が強い。
                  詳細な医学的側面は専門でないので充分に解説できないが、
                  「大人だから」になると、複雑な心理的、社会的、実存的な難しさが出る。

                  社会的にはまず、「自立しているか」が重要なポイントになる。
                  なかには、家族のもとでパラサイト化し、充分な心理的、社会的、経済的な
                  自立に悩んでいる人も多い。さらに難しくなると「ひきこもり」的状況に陥る。

                  この「ひきこもりがち」な状態がとても辛く、むずかしい。

                  大人」ゆえに、そこに自分の状態に対するジレンマが発生する。
                  なかなか自立できない自分に対するもどかしさや苛立ちもあるのではないだろうか。

                  これは無理もない。本人にしてみれば、本当に苦しく辛いのだから。

                  身体的には、かゆみの状態、皮膚の状態から、外出もままならない。
                  外気に当たる違和感や苦痛もあるだろう。強いかゆみは、普通の動作ができない。
                  またこの症状特有の「倦怠感」や「朝が起きれない」などの状態が拍車をかける。

                  心理的には、先般のテーマで述べた「顔の意味」に悩んでいる、
                  またその壁を乗り越えられない状態から、次第に外出しにくくなるのではないか。
                  そして、周囲の環境や理解も大きく心理的に影響がある。

                  ひとつの指標として、友人と充分あるいは適度な交流の機会を得ているか。
                  もっと理想を言えば、社会に出て職(アルバイトでもいい)につき、
                  経済活動に参画出来ているかが、大事である。

                  このひとりの大人として、経済活動に参画できているレベルは、
                  重度成人性アトピーにとって、非常に大事な改善の指標である。

                  自立が難しい状態のひとは、まずここを目指すことが目標となる。

                  症状が様々あるなかでも「何とか社会に出ている」「勤めている
                  これは大変なことで、自分に立ち向かい、努力されている素晴しい姿であると
                  敬服さえする。

                  その自立する勇気がほしい。なんとか症状を良くして、普通に生活できるようになりたい。

                  あせる必要はない。まわりにいる人もあせらせてはいけない。

                  しかし、いつまでも自分だけの世界にこもっていてはだめだ。

                  必ず支えてくれる人がいて、きっかけをくれる時期がある。
                  その時期が来たら、「今がんばれる」と思ったら、少しがんばってみよう。

                  少し痒くても、辛くても、赤く発疹した顔をしてても、
                  社会に出て立派に自立できる力を皆持っている。恥ずかしくない。

                  随分つらい症状でひきこもっていた。
                  その自分が今伝えられる喜び、それは、

                  自分なりに「自立できたという自信や喜び」が
                  自分に対する自尊心として財産となる。ということである。

                  そのとき、本当に「大人」の仲間入りである。













                  顔の意味

                  0
                    見えないところに出たらいいのにねー

                    相当ひどい顔の状態、かさつき、出血、滲出液などで、うつむきかげんな顔に向かって
                    よく親切なおばさんに言われた記憶がある。
                    なんとも言えない複雑な心境になった。

                    成人型アトピーの特徴に、顔面に強く症状がでるケースが多いと思う。
                    これがまた厄介だ。まさしく「見えないところに…」と皆が願うのである。

                    ちょうど年頃の時期に体験するこの「さらしもの」に近い苦痛は、相当大きい。
                    ましてや女性は本当に辛いだろうと心が痛む。

                    女性の方にお会いするケースは、まずその状況に向かっている姿に敬意を伝える。
                    そして、必ずその方の「目」をしっかり見て話すようにしている。
                    「あなたの顔の状態はいっさい気にしていませんよ」というサインを送る。

                    やはり皆、「自分が見られている」「…と思われている」から始まるのである。
                    女性は大体前髪を垂らして、うつむく。それは当然だ。

                    この心境に対するリハビリ(修行?)は、乗り越えてはじめて自分を強くする。
                    更に言うと、この心境は体験した人でないと分からない。
                    この充分すぎる体験は、結果、人の気持ちを分かる人として、自分を成長させ優しくさせる。

                    これは真正面からこの状態の自分と向き合い、克服した人に与えられるご褒美だ。

                    大学時代は、つり革を持つ片手の腕で顔を隠しつつ、登校していたことを思い出す。

                    友人言われた救いの言葉があった。
                    街のひとはみんな誰も見てないよ
                    私はそんなの気にしてないよ

                    その友人の態度や、自分との付き合いのスタンスは、まさしくその言葉をあらわしていた。
                    自分は、ただ自分がかわいいだけだった。良く思われたいだけだった。

                    この「見えるところに…」に対する気持ちの転換が、第一の分岐点だ。




                    1

                    calendar

                    S M T W T F S
                          1
                    2345678
                    9101112131415
                    16171819202122
                    23242526272829
                    30      
                    << April 2017 >>

                    リンク

                    selected entries

                    categories

                    archives

                    recent comment

                    recent trackback

                    links

                    profile

                    search this site.

                    PR